米国政府要人の為替口先介入でドル安・円高は進むか?

米国でトランプ新政権が発足してから初めてとなる20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が先週末17日(金)~18日(土)の日程でドイツ南部のバーデンバーデンで開催された。ムニューシン米財務長官の「G20デビュー」とあって、国内外の為替市場関係者の注目度は非常に高かった。

「ドルベア派」はムニューシン米財務長官によるドル高牽制コメントの配信を密かに期待していた一方、「ドルブル派」はかなり警戒して身構えていた。ただ、G20の開催に先立ってショイブレ独財務相と会談したムニューシン米財務長官はその後の記者会見で「長期的にみた最善の利益という点で、ドルの上昇は良いこと」などと発言、市場に失望と安堵が渦巻く微妙な雰囲気が広がった。その後に実施された麻生財務大臣との会談でも「日米通貨摩擦」を連想させるようなやりとりは無かったようだ。

G20の閉幕後に公表された声明文をみても、為替相場については「過度の変動や無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与え得ることを再確認する」、「通貨の競争的な切り下げを回避することや競争力のために為替レートを目標とはしない」など、従来の表現が踏襲されていた。近年のG20声明における為替部分の記述は、利害関係が錯綜する国々が自らに都合よく解釈できる妥協の産物になることが多く、今回もその例外にはならなかった。ひとまずは無難なイベント通過になったと言えるだろう。

だが、安心するのはまだ早い。ムニューシン米財務長官による既往の発言履歴をみる限り、ウォール街出身の経済閣僚らしく、「長期的なドル高の重要性」を強調するのが基本だが、「短期的なドル高の悪影響」に言及する時もあり、発言の内容は必ずしも安定していない。米国で「為替安定基金(Exchange Stabilization Fund )」を所管して為替売買介入の権限を持っているのは財務長官だが、為替口先介入の方向性に関しては、金融政策や財政政策のように、意見の異なる人々の主張を多数決などのルールに則して集約する仕組みが確立されていない。このため、日米ともに財務相以外の政府要人らの為替に関する発言、あるいは失言が、思わぬ乱高下を引き起こすケースもしばしばある。

 

2月10日(金)の日米首脳会談のあと、トランプ米大統領は日本の金融政策や通貨政策に対する「攻撃」を何故か封印しているが、面談する相手や場所によって発言の内容をコロコロ変えるのは他の先進国首脳には認められない彼の特徴だ。

いつまた日本批判を再開するのかしないのか、本人以外には予測がつかない。
3月に入って、米国ではナバロ国家通商会議(NTC)委員長が日本の非関税貿易障壁に対する不満を述べているほか、ロス米商務長官も他国の通貨安政策を批判したと解釈される発言を連発している。この先、トランプ大統領以下の米政府要人が、日時不定で為替市場に波乱を呼ぶコメントの配信源となる可能性を意識すべきだ。

特に、4月から始まる「日米経済対話」には細心の注意が必要である。米国の通商閣僚らを中心に、日米間の貿易不均衡を問題視する発言が相次ぐなら、「日米通商摩擦の再燃=円高・ドル安」との連想ゲームが、外国為替市場の一部で盛り上がる可能性はある。対して、日本政府の要人がカウンター発言で対抗する姿勢を示したなら、非常に不毛な「日米通貨戦争勃発」との印象が市場に広がるかもしれない。

ただし、米国政府の要人等による口先介入の神通力だけでは、ドル円相場に短期的なショックを引き起こすことはできても、長期的な趨勢までコントロールすることはできないだろう。そのように考えている理由として、以下4点を挙げておきたい。

円建てに変換した上、1年間の為替営業日数=約250日として計算すると、ドル円市場の売買金額は年換算で「2京4700兆円」にも達していたことになる。
為替市場よりはるかに規模が小さい国内外の債券・株式市場でも、金利や株価は政府や政治家の意のままに操ることはできない。天文学的な金額の売買が日々飛び交っている外国為替市場において、日本の首相や財務大臣が言霊(ことだま)の力で円相場の水準や方向を操作できないのと全く同じ理由で、米国の大統領や主要閣僚ほどのネームバリューがある人物であっても、ただ発言するだけでは、恐らく一時的なショックをドル相場に与えられるだけだ。ドル円相場の趨勢まで支配するのは難しいだろう。

第二に、トランプ政権が目指している経済・軍事政策の方向性と合致していない口先介入によるドルのトーク・ダウンには限界がある。米ホワイトハウスのウェブサイトで公開されているトランプ政権の公約をみると、「経済成長率4%を実現して強い経済を取り戻す」「国防費を増額して世界最強の米国軍を強化する」などの主張が列記されている。世界最強の米国経済と世界最強のアメリカ軍を強化する政策に成功したなら、ドルの価値には上昇圧力がかかると考えるのが自然なので、為替市場への口先介入だけでドルを趨勢的に減価させ続けるのは長期的には難しそうだ。

また、本当に実施する気かどうか分からないが、トランプ米大統領は「国境調整税を導入して米国の貿易赤字を強制的に退治する」とも主張している。実際にそんな政策を実施したなら米国の貿易赤字にはドル安にしなくても減る力が働くので、逆にドル高圧力が発生する可能性も指摘されている。そもそも、国境調整税で輸入品に税負担を求めた場合、原材料や部品、生活必需品などが軒並み値上がりして苦しい思いをするのは米国の企業と国民なので、税負担の上昇分と同じ程度の割合でドル高にならないと、経済に深刻な打撃が及ぶ。

「国境調整税による貿易赤字削減」は、その成り立ちからしてドル高圧
力の発生を前提にした政策である。

 

第三に、米国の大統領に就任後、トランプ氏のドルに対する考え方が微妙に揺らいでいるきらいもある。2月9日(木)、一部の米系メディアは具体的な日付は不明だとしながらも、トランプ大統領が深夜の3時に国家安全保障担当のフリン(当時)補佐官に直接電話をかけて「強いドルと弱いドルのどちらが米国経済にとって良いのか?」と尋ねたエピソードを紹介して話題になった。

ドル高には米国の輸出競争力を減退させる弊害がある一方、輸入物価の下落による実質所得の押し上げを通じて国内需要を刺激するプラス面もある。逆にドル安を進め過ぎると米国の輸出競争力が向上する一方で輸入物価は大幅に上がるので、苦しむのは米国の消費者や零細企業だったりするかもしれない。米国の大統領は、「米行政府の最高権力者」であると同時に「米国軍の最高司令官」も兼ねている。世界中で過激派組織と戦う米国の兵隊に持たせる武器やドルは強い方が良いに決まっており、恐らく「米国にとって望ましいドル政策」に関して、様々な立場や考え方の人々からの意見がトランプ大統領の耳に入っているのだろう。

第四に、主要通貨圏で米国だけに「孤高の利上げ観測」が発生、日銀が出口の見えない超低金利政策を継続している現下の局面では、為替口先介入によるドル安・円高誘導に強力な推進力を期待するのはやはり難しいだろう。この先、米国で景気失速懸念が台頭して利下げ観測に由来するドル安圧力が強まっている時期に米国政府の要人がドルのトーク・ダウンを試みるなら強力な効果を発揮しそうだが、イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長が「年内3回」の政策金利引き上げ見通しに自信を示している間はむずかしそうだ。翻って日本の金融政策に目を転じても、主要通貨圏の中央銀行が掲
げている物価目標に比べたインフレ率実績が最も下振れしているのは未だに日銀という状態が続いている。

日米金融政策の印象格差に逆行している間は、米政府要人の口先介入によるドル円相場の押し下げ効果は短命に終わるだろう。

 

いずれにしろ、米国の現政権が実際に行っている諸政策とのチグハグ感が否めない現下の局面においては、為替口先介入によるドル安誘導に賞味期限の長い効き目を期待するのは難しそうだ。この先、一部の米国政府要人がドル相場のトーク・ダウンを試みる事例が頻発した場合でも、為替市場は「熱し易く冷め易い」ところもあるので、同じネタに対してずっと同じようなテンションでは反応しない。米国政府内の特定の要人が恒常的にドル高牽制や他国通貨安批判を展開している様子が「日常の風景」になれば、市場反応は次第に鈍くなるのではなかろうか。為替相場の循環変動を決める要素は複雑多岐にわたっており、人によって「何を重視すべきか」についての好みはあって当然だ。ただ、筆者は「要人発言」にあまり重きを置いていない。趨勢判断の軸足はファンダメンタルズに据えて動かさない姿勢を大切にしたいと考えている。

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